「被告」と「被告人」の違い

被告は民事裁判で訴えられた人や団体のこと。被告人は刑事裁判で起訴された人のこと。よくマスコミが刑事事件に関して「被告」と呼ぶことが多いが、正しくは「被告人」である。

被告

民事裁判では、訴えたものを原告、訴えられたものを被告という。民事裁判は金銭の貸し借りなど個人の私的な紛争に関するものであるから、裁判所に訴状と必要な費用を納めれば訴訟が開始されるため、誰でも原告になることができるし、誰でも被告になりうる。たとえ架空請求であっても訴状が出されれば裁判は開始される。もちろん、証拠がなければ請求は棄却される。その意味では「被告」に道徳的に非難される要素はない。

「被告」の文言は民事訴訟法の条文にある。

第百十五条 確定判決は、次に掲げる者に対してその効力を有する。

 当事者

 当事者が他人のために原告又は被告となった場合のその他人

 前二号に掲げる者の口頭弁論終結後の承継人

 前三号に掲げる者のために請求の目的物を所持する者

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=408AC0000000109_20230606_505AC0000000028#Mp-At_115

・被告人

刑事事件で検察官に起訴された者が被告人である。起訴されると刑事裁判が開始され、有罪判決を受ける可能性がある。警察に逮捕されただけでは、不起訴になる可能性もあり、正式にはまだ「被告人」ではない。起訴前に身柄拘束された者は「被疑者(ひぎしゃ)」という。起訴後は、「被告人」となり、刑事裁判が始まる。

「被告人」の文言は日本国憲法の条文中にもある。

第三十七条 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。

 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。

 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=321CONSTITUTION

刑事訴訟法中における「被告人」の文言は次のような条文にある。

第六十条 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。

 被告人が定まつた住居を有しないとき。

 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=323AC0000000131#Mp-At_60

・被疑者

犯罪を犯したと疑われている者で、起訴されていない者は「被疑者」である。刑事訴訟法には被疑者の逮捕について次のような条文がある。

第百九十九条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。ただし、三十万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪については、被疑者が定まつた住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=323AC0000000131#Mp-At_199

捜査機関に犯罪を犯したと疑われていることが問題であって、被疑者は常に逮捕されるわけではない。実際、統計では逮捕率は3割~4割程度である。逮捕されないで進行する刑事事件は在宅事件という。

犯罪白書によれば、令和2年の検察庁既済事件は28万1342人で、このうち逮捕されなかった人は17万6076人います。
身柄率(逮捕率)は約34.8パーセントになります。

例年、検挙された事件のうち逮捕に至る割合は概ね3割~4割程度です。

https://atombengo.com/column/20945

・容疑者

「容疑者」は法律用語ではなく、マスコミ用語である。おおむね被疑者と同じような意味と解されるが、字数や常用漢字の制約もないのだから、なるべく法律用語である「被疑者」「被告人」を使用すべきであろう。

「容疑者」呼称の登場の経緯は、そもそも1980年代まで日本のマスコミは刑事事件の犯人に対して、実名呼び捨てが通常だったが、冤罪事件やプライバシー意識の向上があり、人権に配慮した形で、呼び捨てではなく「容疑者」をつけるようになった。最初に使い始めたのはNHKと産経新聞らしい。

メディアが逮捕された人物や書類送検された人に「容疑者」という呼称を使い始めたのは1984年、NHKとフジテレビ、『産経新聞』が最初だった。

この年、共同通信社の現役記者だった浅野健一さんが『犯罪報道の犯罪』を上梓し、「マスコミの実名報道は社会的制裁」と北欧の例を基に容疑者の匿名報道の必要性を訴え、関心を集めていた。

マスコミはそれまで容疑者を呼び捨てしていたのをやめて「容疑者」と呼称を付けることで犯人と断定したわけではない、人権に配慮しているという形をとった。5年後の89年、『毎日』『読売』『朝日』そして共同通信、民放他局も「容疑者」を付け始める。

「〇〇」という呼び捨てから「〇〇容疑者」と替わった当初は違和感があった。と同時に、確かにまだ犯人と決まったわけではない、容疑上の人なのだ、という意識も出た。

しかし、それから30年以上たった今、そんな新鮮な思いで記事を読んだり、ニュースを視聴したりする人はどれくらいいるだろうか。

現在、20歳前後の学生たちに聞くと、「容疑者」イコール犯人といったイメージをもつのが大半だ。マスコミの報じ方が「容疑者」としながらも犯人視している報道が目立つのかもしれない。報じる側も「容疑者」と付ければ問題ない、と「容疑者」呼称に安住している気がする。

https://www.bengo4.com/c_18/n_15185/

だが、問題の本質は、マスコミが捜査機関とべったり一体化し、逮捕=有罪と断定報道する報道姿勢であり、確定判決が出るまでは無罪の推定を受けるという原則を無視している点にある。冤罪や誤認逮捕の場合は、何の非もない一般市民が根掘り葉掘りプライバシーを暴き立てられ、社会的に取り返しの付かない報道被害を受けるのであるから、そもそも安易な断定報道は慎むべきだろう。

知識のある読者諸賢には正確な法律用語の使用をお願いしたい。

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